推し

はなにをもって推しというのかっていう文かいてたんだけど全部消えたのでもういいです...

ファンになりうる人がその俳優の事を「あなたは私の推し!」っていえば推しなんだと思いますこちらからは以上です...

 

茶の間でもオリキでもヤラカシでも皆推しとか担当とかファンとか使うけど言葉の重みって違うと思っていて。

人によってものやことにたいしての重さって違いますよね。

極端な話、犬(自分の家族)の人と、犬(吠えるし噛むし怖い動物)

くらいの認識の差があると思う。

そのせいというかなんというか、茶の間とオリキ(ガチ勢?)の間は相いれないというか物議を醸すというか。よくあるよね。茶の間が好きじゃありません!みたいなの。私も好きじゃありません。でも嫌いなわけでもなくて、やっぱり人によって応援の仕方が違うのはもちろんだからそこにケチつけるつもりはないんだけれど、

公演1回もいかいないです!でも大好きです!って人が好きじゃないし、

○年間応援してます!大好きです!でも舞台は年に1,2回かなって人も好きじゃない。

そのあなたの○年間は私の1カ月分かもしれないんだよ?って言いたくなる時もあります。

だからこそたぶんどっちも同じ表現、言葉を使っているから、私の方がこんなに頑張ってるのに茶の間と同等にされたくない!一緒くたにされたくない!っておもいが生まれるのかな、と思います。

 

茶の間が俳優の事を「推し」と呼ぶこと

オリキが俳優の事を「推し」と呼ぶこと

 

茶の間が自分の事を「一番のファン」っていうこと

オリキが自分の事を「一番のファン」っていうこと

 

たぶん、重さが違っていて。

そのせいでイライラするんだよなーっておもいます。

気にしなきゃいいことだし、比べなければいいことなんだってわかっていても、気になってしまう。特にファンはみんな同じ平等に扱う人だとね。

自分が1番のファンって思ったこともないし、1番というか、推しのなかで大切な存在(ファンとして)になれていたらいいなとも思いますがそんなこと本人にしかわからないことで。

 

最近ファンを続けることの難しさというのを感じています。

ずーっと同じ熱量で応援し続ける事の難しさ。

そのことについても言葉がまとまったらかけたらいいんだけれど、なかなか難しいです(笑)