推し語②

推しくんのと出会って半年くらいは全く仕事がありませんでした。

月一回程度のネット番組くらい。たまに舞台観に行くと観劇に来ていたりして、「あ、お久しぶりですー」って話す程度。ずぶずぶずぶずぶはまるはずもなく、その後、舞台に出始めてきた最初の半年くらいは、なんかちょっと行っとかなきゃ感で通ってました(今思えば随分失礼な話ですね)

でも舞台をひとつひとつ重ねるうちに、変わるんです。色んなものが。演技も声も、表情も、そういうのが楽しかったなー。気づいたら大好きになっていました。

不器用なんだけど本当に真面目で努力家で、まっすぐ頑張ってる姿に惹かれていきました。

 

あともう一つ大きな要因は、優しくて。ほんとうに優しかった。

本当に本当に優しかったです。私にとっては(笑)

 

初めてあげたプレゼントを次の日につけてきてくれて、ありがとう、使ってるよ、って見せてくれたこと。

そのプレゼントを3年以上経った今でも使ってくれていること。

今でもあげたものは99%使ってくれていること。

プレゼントみえるようにして欲しいって手紙でワガママいったら、その通りにしてくれたこと笑

だってそう言われたからってそんな風に尊重してくれるなんて思ってなかったんです。

○○が欲しいっていえば、こっそりくれたこと。(これちょーだい!いいよ?って、それだけがただ嬉しかった)

誕生日プレゼントなにがいい?って聞いてくれたこと。(結果なにももらってないですけどね笑)

SNSでありがとうってプレゼントや手紙、お花を載せてくれることや、私だけに宛てたメッセージ、そう言ったある意味特別扱いのような、自尊心をくすぐられるようなことを俳優にしてもらったのは初めてに近くて、まるで麻薬のようでした。ほんと細かいことあげていけばきりがなくて。あーでもそれに甘えていたんだなあって今なら思うし、あっちはあっちで当然のように思ってるんだなあって感じることもあったりして、ファンと俳優の距離感が難しいです。

 

大好きでたまらない人が私のことを優遇してくれるだけで本当に良かったし、幸せを感じられました。

大袈裟だけど、生きててよかったって思えるくらいに。

 

なんだかんだ推しが今でも大好きです。 

同じくらいにだいっきらいです笑

 

 

推し語①

推しA推しBって言ってますが、ここではあえて、推しくんってよんでみます。

 

最近落ち着いたのは間違いないのですが、落ち着いて、もう全く好きではなくなる前に、なにが好きだったのか、どうしたいのか、推しについて書いておこうって思いました。

で、その前に、私は推しの名前を出しません。推しが出ていた舞台も書きません。推測されたくないからです(笑)

それなのに私が誰だか、誰を推しているのかわかる人がいればそれは身内なのかも。内緒にしていてください。

私が推しの詳細について書かない理由は、いちに恥ずかしいから、にに迷惑をかけそうだから、でしょうか。

私がどう思っているのかどうしてこういう事をしてしまうのか、どうして追っているのか何を考えているのか。正直に書いているつもりなんですけど、匿名だからこそかけるのであって、個として特定されてしまえばどうしても偏見というか、姿がみえるとおもうこともあるでしょう。そういうのがいやだなあとおもってはてブロでメモとして残しています。

おたくってファンってどうしても一過性のものだから。あの時、過去や今、現在、感じている思いを残しておかないと無くなってしまいそうで。

儚いことしているなあって感じてます。そんな風に思うのは私だけでしょうか(笑)

 

推しくんの出会いはといいますと、某インターネット番組です。

ああ、かわいいなあって(笑)一生懸命だなあっておもいました。そこから舞台が始まって、たくさんたくさん、色々いただきました(ファンサとかファンサとかファンサとか)(お互い若かった)

今だったら考えられないようなことしてもらった気がします。そうでもないのかな(笑)

実は認知されるのはすごく早くて、今思えばもっと認知前の期間を楽しめばよかったかなあって思います。(現場いったら一瞬にして覚えれられたから、認知前ってなかったのでは?)

認知前って無限じゃない?そうでもない?認知後はある程度は楽しいけど、3年過ぎたあたりから辛いです。てかいい年して何年こんなことしてるんだろうって思う。割と。30代はまだ先だけど、なった時が怖い。リアルに。

推して1,2年が一番楽しいですよね。何してても楽しい。ほんとにそう思う。今が楽しくないわけじゃないけど、こう、予定調和というか。

もう降りる降りる詐欺もしたしね。あの時も楽しかったなー。

やりたいことたくさんやってきました。そうするとこう、ひねくれた性格だからか、面と向かって「かっこいい!」とか「すき!」とか全然言えなくなる。

話すことは話すんだけど、何話すって今日何食べた?とか、○○行った?とかあれが可愛いだとかそんな話ばかり。彼について話したりしません。舞台についてもあんまり話さない。

舞台って初日観て、すぐ感想言いたいの、本当は。でもそういうタイミングってあんまりなくて。結果日数経ってもごもごして手紙に感想書いておわり。さよーならー。

 そんなこんなでもう何年経ったんだろう。

 

これからのんびり、推しくんについて、書いていこうって思います。

(このブログって推しのことより私のことが多いんですよねー笑)

 

若手俳優

 

haiyu-haiyu.hatenablog.com

 

応援スタンス 1年ぶりにやります。 もう一年経ちました。はやいですねー。

 

 

2017年現在

◆基本情報

会社員 、20代 、一人暮らし、2D

変わってないです。

 

推しと好きなタイプ

推しAB変わらず好きです。

過去記事にあるように絶賛降りかけてますけれど、それでもやっぱり大切な二人です。

好きなタイプ、好きになった人がタイプです笑

二人の共通点は背がたかいところ、優しいところ。真面目なところ、かな。

どちらも素敵な人です

 

◆雑誌・DVDを買う基準

今はほぼ買わないかなあ。DVDはかろうじて買ってます。

そもそもあまり雑誌に載らない…

 

◆舞台、イベント、遠征

先日推し始めた最初の舞台以来なんですが、推しAさんの舞台を1度しかみませんでした。それに対する後悔は全くなくて、ゆるい気持ちです。笑 

Bさんは、それなりにいってるのかな。もう全日通うのはやめたいですねー。週末だけにしたいかな

でも週末が舞台だけで潰れるのはそれはそれで残念、って気持ちが出て来ました。他にもやりたいことたくさんあるの!

 

◆座席

変わらず良席厨です。だって回数減らしたんだもの。良い席でみたいわ笑

最近転売に対する当たりが強くなってきて、普通に積んだりするタイプなのであー困ったなーってなってます。まあそうはいっても変わらないですけどね。なんとかして良席入りますよ

最初から公式は最前5万で売ればいいんですよ。そしたら楽でしょう?

 

◆グッズ

んー、買わなくなってます。パンフすらも最近手が伸びない。いや、買うときもあるけど。

ブロマイド大量買いはもう卒業していると信じたいです。

 

◆お金

貯金してます。が、しかし、一人暮らしってやっぱりたまりにくいですねえ。副業したい

 

SNS

ツイッター推しにリプをほぼしなくなりました。

 

◆手紙、お花、プレ

1公演、手紙は1通かくかかかないか。

プレはよっぽど気持ちが上がらないとしないように気をつけてます。

なんでも書いたくなるから笑

お花は出さないとっておもってはいるんですが、出したくないって気持ちも最近強くて悩んでます。また別記事でかけたらいいなあ。

 

◆同担について

変わらずwあ、推しAにかんしては同担の友達ができました笑

まあ、仲良くなることはないんだろうけれど。

推しBは同担増えて欲しいです。ガッツつけって。

 

◆みなり

ちゃんとしてるとは思いますけど、量産型おたくではないですね。割と個性的?なのかも。、シンプルが好きです。わりかし目立つそうな。なぜかな。

この前あなたはオンリーワンよ!誰かと似てるなんてない!って言われて嬉しかったです

 

また追記しようかな。とりあえずここまで。

 

 

 

おちつき

最近落ち着きましたー!(近況報告)

だいたいこのめもろぐ病んでるばっかりなんですけれど、今いい感じにおちつきました(笑)

推しは変わらず優しいし、義務感意識が少し減りました。

プレゼントも最近してません(実はあげたいものあるんですけれど、それより自分のものを躊躇なく買うようになりました)(以前はどうしよっかなーってワンテンポおいてた感があったんですが、気に入ったらかっちゃおーみたいな)(それもどうだよ、節約しようよ、とも思う)(しかもワンテンポおいたところで結果買ってしまうことが多かった)(意味なくないか)

手紙は、書いてみました。舞台も楽しかったです。無理して通ってません。行きたい量行けるだけ。それだけで十分だって当たり前の事なんですけど、理解できました。無理しなくていいんだなーって。

 

でも本当は少しくらい無理してた方が楽しいんですけどね。だから今は楽しいが少し減ったかも。自分がかける熱量が減れば、その分だけ、相手から返ってくるものも減るのは当然のことで。物足りなさを別の要素で埋めています。

 

というか、普通は逆なんだよね。

日常の物足りなさを趣味で埋めているのに、もうずっと趣味がメインになってたから、力関係が逆になっていたから、今が正しいんだろうなーって思います。趣味を趣味に戻しています。リハビリ中。でも行きたいものは行くし、楽しめる分だけ楽しみます。そのスタンスは変わらないから(笑)

 

毎日が楽しくなるように日々すごしています(っていう近況報告)

きっかけ

何事にもきっかけはあって、私が推しを好きになったことも、もう無理かなって思ってることもそれなりに理由があるんだと思います。

 

とあるきっかけで好きになった私はとある舞台が引き金で好きが保てなくなりました

 

関係者なんてなんも私には関係ないと思ってた時期が私にもありました。

舞台に出てる推しがかっこよくて、きらきらしてて、男らしくてやさしくて、手が届きようもないくらい眩しい存在で、そう思ってます。今でも、信じてる。

だからおたくなんて俳優と自分の関係で完結していて、なんなら自分の世界だけで終わると思っていました。

でも実際は違いました。

推して4,5年目になっていまさらなんだよ、って言われそうだけど、自分だけの世界じゃなかった。推しを取り巻く環境、同担、関係者、キャスト、マネージャー、事務所、制作etc.そういったもの全部が否応が無しに私に関わってきた。

 

最初は気にならないくらい推しが好きだってきもちだけですべてを許せたのに、年々日に日に耐え切れなくなってきていました。

決定打は直近の舞台でした。辛かった。本当につらかった。何のために舞台に通っているのかわからなくなった。必要とされたい。舞台をみたい。演技を見たい。好きなひとに会いたい。ただそれだけだったのに全部否定されたような気になりました。どうせなら某りさ子のガチ恋うんちゃらとか出て打ちのめされてとかだったらまだなんか説明しやすかったんだろうけど、全然関係も何もない舞台だったのでなにが起こるか人生わからないものです。

こんなたった一つのきっかけで(まあ積み重なったものは確かにあるんだけど)世界はこんなにかわってしまうんだなーって。

私が飛び込んだきっかけも些細なことだったのかもしれないなーって思いました。

 

確かに「ありがとう」たった一つの言葉がきっかけだったから、私って結構単純です(笑)

 

もういらない!って推しなんていらないー!さよなら!!って割り切れたらいいんだけれど、そんな簡単に割り切れるはずもないので、距離を置いて眺めていようと思います。茶の間のままがよかったなあ。そしたらもう少し寿命長かったのかも。

そんなことないかな。私なりに全力で追いかけてたから、今までこれたのかなー。

少しは役に立てましたか????こんな風に思うのもおこがましいかな

 

いよいよ

まじで、おたく降りかけてるのではないでしょうか。

あんなに四六時中考えてた推しの事を考えていません(考えてるのもきもいけどね)あーちけとりどうしよう、プレ買わなきゃ、てがみー、あ!イベント(舞台)近いからネイルー!お花の準備したっけ?とかなんとかいろいろいろいろ。その人のことをずっと考えているというよりは、その人中心で生活してきたのに、最近そうじゃなくなっちゃった(笑)

だったら何って言われそうだけど、仕事だったり友達だったりそんな普通のこと考えてます。

あーヨガ通おう!とかいきなり思い立ったり、しばらくつくってなかったなーってすきなごはんちゃんとつくったり(手抜きが多かったもので)

のんびり映画みたり、本読んだり。ふと思い出して数年ぶりに友達と会って近況を聞いたり。

推しがいなくても、なんとなく幸せです(笑)

 

 心が凄く軽くなったかわりに、ちょっとさみしくはなりました(笑)

さいきん

自分が無理をしているな、って感じます。

 

ところで私は占いをあんまり信じる方ではないんですが、たまたま見た占いが当たりすぎていてなんかもう、衝撃。たまにあるよね、こういう事。

占いいわく、好きなものが本当に好きなのか分からなくなる時期だそうです(笑)

 

好きなものが好きかわからなくなってるわけではないよ。普通に好きです。今でも推しのことが好きです。舞台が好きです。きらびやかな世界が好きです。私を非日常に連れて行ってくれるあの空間が大好きです。

 

でも、私のやってることに意味があるの変わらなくなってきました。

本当は答えは決まっていて、私がやりたいなら、意味があるんです。好きだから、会いたいから、それだけで意味がある。

でも好きだけど、会いたくない、この場合は意味があるのかな。

通う事もお花もプレゼントも手紙も全部全部自己満足って分かっていてそれでも「推しのために」ってそう思い込んできて。たぶんね、そう思わないと自分が壊れちゃうのかも。誰かの為にっていう自己犠牲。自分の為っていうとなんかエゴイスティックな感じするけど、推しの為って言うと許される気がする。多分そうやって免罪符のように、推しの為、推しの為、って言ってきた。自分の心に嘘つくためなのかなー。推しの為だから仕方ないっていろんなことに目を背けてきた気がします。自分がやりたくないこととか、そういうものに。

推しの為だから頑張れるってそう思えてきたこともあるし、感謝もしてる。結局依存してるのは自分です。そんなの最初から分かっていたことです。

 

ありがとうって一言言われたくて。必要とされてるっておもいたくて、ただそれだけだったのかも。お金と時間を渡すことで、自己肯定欲を満たしてもらっていたのかも。

でもどちらも限界があるよね、きっと。

あっちももう嫌だって思う事もあるだろうし、私ももう嫌だって誤魔化してきたし、ずっとそんな感じ。

 

どうせ好かれることはないとも思ってきたし、でも嫌われたくはないとも思ってる。言いたい事我慢してきた。でも言ってしまったこともある。傷ついたこともあるし、傷つけたんだろうなってこともあるし。でもお互いそのことを言わない。私は時々伝えちゃうけど、あっちは言わない。選ぶ。それは私がお客様だから。ファンだから。知ってるけどその距離感が寂しいなーとは思う。

いつから会いに行くことに義務感を覚えてしまったんだろう。

舞台を見ることに義務感を覚えてしまったんだろう。

観たくないのに観に行くことを自分に強制しているんだろう。

推しが好きだから私も好きにならなければいけないなんてそんなわけないのにね。

私はいつもそこに引け目を感じてしまう。

ブログやツイッターや直接言葉で肯定的な言葉を聞くたびに、自分はそんな風に思っていないのに肯定しなければいけない気がしてそれがいつもいつも辛かったです。

私は私の考えを持っていて、それを捨ててまで相手に同調しなければいけないってどこか思ってた。多分今でも思ってる。思ってる。捨てきれない。捨てたら楽になるのにな。

例えばカーテンコール。最前列の真ん中に座っている。周りのお客さんはスタンディングオベーションでキャストを迎えている。私は立ちたくない。だってこの舞台にそんな価値が見いだせなかったから。でも、立たないといけない。だから無理やりたつ。最高の賛辞を伝えたいなんて微塵も思っていないのに。私は立ってしまう。

その矛盾にいつも心が痛い。私は違うのにっていつも思ってる。きりきりきりきりいたい。自分の思ってることと反することをしてしまってることが辛い。

 

少しお休みしたら全部行かなきゃいけないとかそんな風に思わなくて済むかな。何時からこんな考えになってしまったんだろう。

戻りたいなあ。